預貯金を持ち出した方からの婚姻費用分担請求
別居の時に、相手が夫婦の預貯金を持ち出しておきながら、相手から婚姻費用の分担請求がなされることがあります。
このような場合、持ち出された預貯金があることが明確であれば、持ち出された預貯金の2分の1の金額については、既に婚姻費用の支払があったのと同様に考えられることがあります。
持ち出された方からすれば当然のように思うかもしれませんが、学説上対立が見られ、裁判例も完全には統一されていないため、調停や裁判で上記のような主張する場合は、裁判例などを提出する必要があります。
では、もう少し詳しく説明します。
まず、相手が持ち出した預貯金は、理論的には婚姻費用(生活費)ではないので、離婚する際に財産分与として考慮すべき財産となります。
これを厳密に考えていくと、相手が持ち出した預貯金を婚姻費用(生活費)にあてるのはおかしなことになります。
それでも何とか法理論的に支払わないような方法を考えると、相手はあなたに預貯金を返す義務を負い、あなたは相手に婚姻費用を支払う義務を負うから、相殺するということになるはずです。
ところが、婚姻費用は、調停や審判をしなければ金額が定まらないため、「よく分からない金額との相殺って認めていいの?」ということになります。
さらに、現在の法律では、差押えをしてはいけない権利との相殺は認められないところ、婚姻費用は、日々の生活費として、その4分の3までは差押えが禁止されているため、その法律との整合性はどうするのかという問題が生じます。
これに対して、相手が預貯金を持ち出した場合には、婚姻費用を支払わなくて良いという立場は、ほとんどの場合、預貯金を持ち出すのは生活費のためなので、既にいくらかは使われている。
その場合、使ってしまった分を補填して返還し、他方で婚姻費用をもらうというのは回りくどい。実質的には、持ち出した預貯金を婚姻費用に充当しているのだから、それで良いのではないかということになります。
また、預貯金以外に夫婦の共有財産がない場合に、持ち出した方が預貯金を使い込んでしまうと、返せといっても現実的には取り立てることは出来ず、持ち出された方に酷であるとの指摘もあります。
裁判例は、前述の通り統一されてはいませんが、預貯金を持ち出したのが明確な場合には、持ち出した預貯金を婚姻費用にあてることを認めるものが多いようです。
逆に、「相手は預貯金を持ち出しているはず」程度の主張では、預貯金を婚姻費用にあてれば良いとの主張は認められないと思われます。
また、預貯金以外の資産の持ち出しの場合の裁判例は見つけられませんでしたが、その資産が本人以外も容易に換金できるものであれば、預貯金と同様に考えて良いのではないかと思います。
〈東京高等裁判所平成15年12月26日決定〉
夫の給与が妻が管理する口座に振り込まれていたから、妻が管理する預金口座には、相当額の預金があるはずとの主張がなされらが、裁判所は、仮に夫婦の「共同の財産とみるべき預金があり、これを相手方が管理しているとしても、その分与等の処置は、財産分与の協議又は審判若しくは離婚訴訟に付随する裁判において決められること」としました。
〈大阪高等裁判所昭和59年12月10日決定〉
妻が夫婦の預貯金等の通帳を持って出て別居に至った場合、妻はいつでも預貯金の払い戻しが出来る状況であること、調停の際に持ち出した預貯金の2分の1を婚姻費用分担額の算定にあたり精算すると合意していたという事情から、預貯金の2分の1については、夫が支払うべきである過去の婚姻費用から差引くことが公平としたうえで、夫の支払うべき婚姻費用を算定した。
〈大阪高等裁判所平成11年2月22日決定〉
婚姻費用分担請求の調停が係属している間に離婚が成立した場合は、特段の事情がない限り、婚姻費用分担は財産分与手続の一部に変質して存続するとしたうえで、相手方が、夫婦共有財産から生活費として使った金額は、婚姻費用として支払うべき額を上回っているから、あらためて婚姻費用を支払う義務はないとしました。
〈大阪高等裁判所昭和62年6月24日決定〉
妻が持ち出した預貯金を妻に保有させて消費可能な状態に置いたまま、さらに夫に婚姻費用の分担を命じることは夫に酷であるとして、妻が持ち出した預貯金の2分の1に相当する額については、夫が妻に対する婚姻費用分担金として既にこれを支払ったものとして取り扱うのが当事者間の具体的衡平にかなうとして、妻からの婚姻費用分担請求を認めなかった。
【関連コラム】
*相手の収入が2000万円を超えている場合の婚姻費用
*過去の婚姻費用の請求
*男女問題コラム目次
監修弁護士紹介
弁護士 本 田 幸 則(登録番号36255)
・2005年 旧司法試験合格
・2007年 弁護士登録
弁護士になってすぐのころは、所属事務所にて、一般的な民事事件はもちろん、行政訴訟や刑事事件、企業法務まで担当しました。
独立後は、身近な問題を取り扱いたいと思い、離婚や相続などに注力しています。
ご相談においては、長期的な視野から依頼者にとって何がベストなのかを考え、交渉から裁判まであらゆる手段を視野に入れてアドバイスいたします。
弁護士 鈴 木 淳(登録番号47284)
・2006年 早稲田大学法学部卒業
・2006年 法務省入省(国家Ⅰ種法律職)
・2011年 明治大学法科大学院修了
・2011年 新司法試験合格
・2012年 弁護士登録
一般民事事件や中小企業法務を中心として、交渉から裁判まで、様々な分野の案件を担当してきました。
この度、なごみ法律事務所の理念に共感し、市民の方の生活に密着した問題や、経営者の日常的に接する問題を重点的に扱いたいと考え、執務することとなりました。
ご依頼者と同じ目線に立ちながら、最善の解決策を共に考えてゆきたいと思います。