住宅ローンを支払っているときの婚姻費用
住宅ローンを支払っている状態で夫婦関係が悪化し、どちらか一方が出ていき、婚姻費用の問題になったとき、住宅ローンを支払っていることは考慮されるのでしょうか?
どちらが住宅ローンを払っているのか、どちらが家を出るのか、どちらの収入が多いのか、によって異なるため順に説明します。
1 婚姻費用支払義務者が家を出ていき、権利者の住む家の住宅ローンを支払っているとき
婚姻費用は、子供がどちらのもとにいるかによって逆転することがありますが、原則として、収入が多い方が支払い義務者、収入が少ない方が請求権利者となります。
そして、婚姻費用の支払い義務者が自宅を出、権利者が家に残ったため、支払い義務者が権利者の住む家の住宅ローンを支払っているという状態になっているときは、義務者は、権利者の住居費を負担していると考えられるため、その分の婚姻費用の減額が認められます。
もっとも、住宅ローンの支払いは、家賃と違い、家の実質的価値(家の市場価値-住宅ローン)を増やす効果があります。
そのため、毎月の住宅ローン金額全額を婚姻費用から差し引いたのでは不公平な結果となります。
ではどうするか?
私が貰った裁判所の判断は、全て以下の①の方法で計算されています。
ただ、裁判例を調べると、②や③と書いているものもあり、裁判例が統一されているわけではありません。
① 婚姻費用算定表により得られた金額から統計上の住居関係費を控除する方法
この方法は、まずは、年収をそのまま婚姻費用算定表に当てはめる、あるいは、標準算定式で計算して月々の婚姻費用を算出します。
次に、政府統計資料の権利者の収入に該当する平均的な住居関係費を差し引きます。
差し引かれる住居関係費については、2019年12月23日に婚姻費用算定表が改訂された際の資料を見ると以下のようになっていまます。
収入(年収) 200万円未満 250万円未満 300万円未満 350万円未満 400万円未満
住居関係費(月間) 22,247円 26,630円 35,586円 34,812円 37,455円
② 婚姻費用算定表により得られた金額から裁判官が相当と考える金額を控除する方法
2つ目は、上記①と同様に、まずは婚姻費用算定表、あるいは標準算定式で婚姻費用を計算し、月々の婚姻費用を算定したあと、「その他、諸般の事情を総合考慮すると、住宅ローン月額の●割である●●円を差引くのが相当」などとし、理論的根拠が不明なまま、裁判官が適切と考える額を差し引く方法です。
裁判官の気持ち次第かよ!と思われるかもしれませんが、そうではなく、例えば、請求権者の年収が370万円の場合、上記①の方法だと住居関係費が3万7455円となりますが、ローンが月々4万円だと、実質的には権利者がローンを負担することになり、不公平が生じます。
では、どうすればよいのかというと、理論的に解決することが難しいため、「総合考慮すると●●円差し引くのが相当」とせざるを得ないと思われます。
③ 住宅ローンの支払額を特別経費として控除する方法
この方法は、たとえば、義務者の年収600万円、住宅ローンを年間120万円払っている場合、120万円を生活を維持するための経費として差引き、義務者の収入を480万円と考えて、婚姻費用算定表に当てはめる方法です。
この方法で、夫婦2人のみ、権利者の収入がゼロの場合を婚姻費用算定表に当てはめると、婚姻費用は月8万円程度となります。
年収600万円をそのまま婚姻費用算定表に当てはめると、月10万円程度となるので、上記計算方法と月2万円の差が出てきます。
なお、義務者の住居費全額を差し引くのは、理論上は引きすぎとなるため、住宅ローンの支払額に修正を加えた額を差引く考え方もあります。
では、どのように修正を加えるのかというと、裁判官が諸事情を考慮してということになり、明確な基準はありません。
2 支払義務者が自分の住む家の住宅ローンを支払っているとき
婚姻費用の請求権利者が自宅を出て、支払い義務者が住宅ローンを支払っている場合があります。
このようなケースで、住宅ローンは夫婦の収入から支払うことを想定していたため、一人で支払うのが大変なので婚姻費用算定に当って考慮して欲しいと主張されることがあります。
しかし、高額の住宅ローンであったとしても、支払った分だけローン残高が減る、つまり、家の実質的価値(家の市場価格-ローン残高)が増えることになるので、形式的にはお金が出ていくけれども、実質的には家の実質的価値として残っていると考えて、婚姻費用算定に当っては考慮されません。
その代わり、離婚の際の財産分与において、別居後に支払った住宅ローン相当額について、支払った者が家の価値の増加に貢献したとして考慮されます。
この理屈だと、オーバーローン(住宅価値よりローン残高の方が高い)場合は、ローンを支払っても、家の実質的価値はゼロのままなのでおかしいじゃないかと思うかもしれません。
しかし、そもそも負債は原則として財産分与の対象とならないので、オーバーローンの場合は、原則としてマイナス分は権利者のみが負担することになります。
そうすると、義務者が住宅ローンを支払うと、義務者自身の借金が減ることになるため、権利者に不利益とはいえません。
3 権利者が家を出ていき、義務者が住む家のローンを支払っているとき
義務者が自営業を始めたばかりで金融機関の信用がなかったり、住宅ローンを組んだ当初は権利者の収入の方が多かったという事情で権利者の名義で住宅ローンを組んだけれども、今は、収入が逆転しているというケースがあります。
このような場合に、権利者が自宅を出て義務者のみが自宅に住んでいるという場合、本来婚姻費用を支払ってもらえるはずの権利者が、義務者の住居費を払ってあげているという状況になります。
このような場合についての裁判例を見つけられませんでしたが、理論的には、義務者は、権利者のおかげで住居費を支払わずに済んでいるのですから、婚姻費用算定に当たって、住居関係費を上乗せして支払うということになると思われます。
監修弁護士紹介
弁護士 本 田 幸 則(登録番号36255)
・2005年 旧司法試験合格
・2007年 弁護士登録
弁護士になってすぐのころは、所属事務所にて、一般的な民事事件はもちろん、行政訴訟や刑事事件、企業法務まで担当しました。
独立後は、身近な問題を取り扱いたいと思い、離婚や相続などに注力しています。
ご相談においては、長期的な視野から依頼者にとって何がベストなのかを考え、交渉から裁判まであらゆる手段を視野に入れてアドバイスいたします。
弁護士 鈴 木 淳(登録番号47284)
・2006年 早稲田大学法学部卒業
・2006年 法務省入省(国家Ⅰ種法律職)
・2011年 明治大学法科大学院修了
・2011年 新司法試験合格
・2012年 弁護士登録
一般民事事件や中小企業法務を中心として、交渉から裁判まで、様々な分野の案件を担当してきました。
この度、なごみ法律事務所の理念に共感し、市民の方の生活に密着した問題や、経営者の日常的に接する問題を重点的に扱いたいと考え、執務することとなりました。
ご依頼者と同じ目線に立ちながら、最善の解決策を共に考えてゆきたいと思います。