離婚時に退職金を財産分与として請求出来るか?
1 離婚時に退職金を財産分与として請求出来るか?
財産分与は、夫婦として協力して形成した財産を離婚するのだから分けましょうという制度です。
そして、退職金は、給与の後払い的性格と会社への貢献に対する恩恵的性格を有するものですが、これらの給与・会社への貢献は、夫婦の協力があってなされたものですから、退職金も財産分与の対象となるのが原則です。
具体的には、在職期間中の夫婦であった期間(別居している場合は同居期間)が財産分与の対象となります。
たとえば、勤続40年で退職し、退職金が2000万円で、婚姻期間が30年の場合の財産分与を考えてみましょう。
勤続期間が40年で、婚姻期間が30年ですから、財産分与の対象となるのは退職金全体の30/40です。
ですから、
2000万円×(30÷40)=1500万円
が離婚時の財産分与の対象となります。
財産分与の割合は、原則として2分の1ですから、
1500万円÷2=750万円
を離婚の際に、相手に請求できるということになります。
2 将来の退職金も分与の対象になるか?
退職金が支払われてから離婚という場合には、上記の通りですが、離婚の時には、まだ退職金が出ていない場合には、そもそも退職金を財産分与の対象として考慮するべきかという点が問題とされます。
なぜなら、上記のとおり、退職金も離婚時の財産分与の対象とするのが原則ですが、まだ支払われていない場合には、将来のことになるため、
① 実際に支払われるかどうかが分からない
② 支払われるとして、金額はいくらかが不明確
という問題があるからです。
このように離婚時には、まだ退職金が支払われていない場合について、裁判例は、
・退職金規程はあるか
・退職金の算出方法が明示されているか
・会社の規模
・定年退職までの期間
・これまでの勤務状況
などを総合考慮して、退職金が出ることがほぼ確実といえるような場合には、将来支払われる退職金を離婚時の財産分与の対象としています。
では、具体的に、定年退職までどの程度の期間であれば退職金が財産分与の対象となるのでしょうか?
この点については明確な基準はありませんが、小さな会社で退職まで30年以上あるケースでは財産分与の対象とならない場合があります。
他方で、公務員であれば確実に退職金が出ることから、年齢に関係なく対象となります。
あとは、企業規模等に応じて、裁判官が感覚的に判断することになりますが、実際に裁判をしている感覚としては、60歳定年で40代だと認められ、30代でも大企業だと認められるケースがあります。
裁判例の変遷を見ていると、最近では、原則として退職金を認める方向で考えているようです。
3 将来の退職金から、いつ、いくらもらえるのか?
退職金が支払われるのが確実といえる場合には、退職金を離婚時の財産分与の対象とするよう請求出来ますが、では、具体的に、まだ支払われていない退職金について、いつ、いくらもらえるのでしょうか?
この点について、裁判例は統一されていませんが、大きく分けて以下の3種類の考え方があります。
⑴ 離婚時に分けるという方法
この方法は、さらに
ア 定年退職すれば退職時にいくらもらえるかを試算する方法
イ 今退職すればいくらもらえるかを試算する方法
に別れます。
私の経験では、退職が直近に迫っているなどの事情があれば、「ア 定年退職すれば退職時にいくらもらえるか」が採用されることが多く、退職が何年も先の場合には、「イ 今退職をすればいくらもらえるかを試算する方法」で離婚時の財産分与をすることが多いのではないかと思います。
この2つの方法の欠点は、退職金が多額で、預貯金などの現有資産が少ない場合、離婚時に全額を支払えないということです。
その場合、妥協した金額や分割払いで和解せざるを得なくなります。
なお、「ア 定年退職時を基準としていくらもらえるかを試算する方法」をとる場合は、将来もらえるお金を先にもらうことになるので、その分を考慮する裁判例もあります(「中間利息の控除」といいます)。
たとえば、今1000万円もらって銀行に預けると、1年後には利息が付いています。
ということは、今の1000万円は1年後の100万円+利息と同価値と考えられます。
このときの利息は民法に規定のある3%とされるのが一般的です。
そうすると、逆に、1年後の1000万円を、今もらいたいという場合、1年後の1000万円を現在の価値に修正した金額、
1000万円÷103%=970万8738円
しか請求出来ないということなります。
⑵ 将来退職金が支払われる時に支払を命じる方法
この方法は、さらに、
ア 財産分与の割合だけ決めて、将来退職金が支払われたら、その割合で支払えという方法
イ 今退職したらいくらかなどの事情から、具体的金額を決めて、将来退職金が支払われたら、その金額を支払えという方法
に別れます。
この方法は、お金があるときに支払うわけですから、支払う方にとっては良い方法ですし、請求する側も上記⑴だと相手にお金がない場合に妥協して和解しないといけない可能性もありますが、この方法だと妥協する必要はありません。
しかし、離婚から退職まで何年もあるような場合には、相手が退職するまで何年間も相手の就業状況を気にし続けなければなりません。
また、相手が定年退職前に死亡した場合や早期退職した場合に、それらのことに気づかず、回収できない可能性があるという欠点もあります。
⑶ 「財産分与にあたって考慮する」という方法
なんとも曖昧な方法ですが、明確な理由付けができないけれど、離婚時の財産分与にあたって退職金を全く考慮しないのは不当といえるような場合に、裁判所は、このような方法で財産分与額を決めていると思われます。
たとえば、先にも書いたように、相手の勤務先が小さな会社で、退職金の明確な算出方法が定められていという場合があります。
このような場合、退職金を離婚時の財産分与の対象にはしないとすべきとも思われますが、他方で、過去の退職者の例から、いくらかの退職金が支払われるのはほぼ確実というような場合にまで、全く考慮しないというのは相当ではありません。
このような場合に、「財産分与にあたって考慮する」という方法で離婚時の財産分与額が調整されることがあります。
4 退職金の差押え
相手が任意に財産分預金を支払ってくれればいいですが、支払ってくれない場合は退職金を差し押さえる必要が出てきます。
この場合、裁判所に債権差押命令というものを相手の会社宛に出してもらい、会社から権利者に直接退職金が支払われるようにします。
もちろん、退職金全てが支払われるわけではなく、対象となる金額のみです。
差押命令を受けた会社は、当該従業員ではなく、権利者に対してお金を支払う必要がありますが、先払いの義務まで負うものではありません。
あくまでも、従業員が退職したときに、その退職金の支払先が権利者になるというだけです。
なお、会社が差押命令を受けているにもかかわらず、当該従業員に支払ってしまった場合には、強制執行を妨害したものとして、会社に対して損害を受けて金額の支払を請求することができます。
【関連コラム】
*財産分与の基準時と評価時
*離婚時の企業年金の取扱い
*コラム目次ー男女問題を争点ごとに詳しく解説-
監修弁護士紹介
弁護士 本 田 幸 則(登録番号36255)
・2005年 旧司法試験合格
・2007年 弁護士登録
弁護士になってすぐのころは、所属事務所にて、一般的な民事事件はもちろん、行政訴訟や刑事事件、企業法務まで担当しました。
独立後は、身近な問題を取り扱いたいと思い、離婚や相続などに注力しています。
ご相談においては、長期的な視野から依頼者にとって何がベストなのかを考え、交渉から裁判まであらゆる手段を視野に入れてアドバイスいたします。
弁護士 鈴 木 淳(登録番号47284)
・2006年 早稲田大学法学部卒業
・2006年 法務省入省(国家Ⅰ種法律職)
・2011年 明治大学法科大学院修了
・2011年 新司法試験合格
・2012年 弁護士登録
一般民事事件や中小企業法務を中心として、交渉から裁判まで、様々な分野の案件を担当してきました。
この度、なごみ法律事務所の理念に共感し、市民の方の生活に密着した問題や、経営者の日常的に接する問題を重点的に扱いたいと考え、執務することとなりました。
ご依頼者と同じ目線に立ちながら、最善の解決策を共に考えてゆきたいと思います。