財産分与を請求した方に対して支払いを命じることが出来るか?
離婚時の財産分与について、相手の方が財産が多いだろうと思って財産分与請求をしたところ、予想に反して自分の方が財産が多かったということがあります。
そのような場合に、裁判所は、財産分与請求をした方に対して、相手に●●円支払えと命じることが出来るでしょうか?
普通は、申立てた方の財産が多いと分かった段階で、相手方が申立人に対して財産分与請求を申立てれば解決します。
それにもかかわらず、なぜこのような点が問題になるのかですが、2つのケースが考えられます。
① 離婚訴訟で、原告から離婚とそれに付随して財産分与請求がされているのに対し、被告が請求棄却を求め(離婚したくないと主張した)、離婚が認められないんだから財産分与は問題とならないとの態度をくずさず、予備的にも財産分与請求をしなかった。ところが、裁判所が請求認容(離婚を認める)判決とし、なおかつ、被告より原告の方が財産が多かった。
② 離婚だけ先に決着しており、後から財産分与調停、審判が申し立てられたが、その過程で申立人の方が財産が多いと判明した。離婚から2年が経過しており、財産分与の請求期限を過ぎているので、相手方からは財産分与の申し立てができない。
このようなケースで、冒頭の申立てた方へ財産分与を命じることが出来るのか、裁判例をご紹介します。
1 請求した方に支払いを命じた裁判例
① 東京高裁平成7年4月27日判決
原告(控訴人)が離婚に付随して財産分与を請求したのに対し、被告への財産分与を認めました。
ただし、財産分与請求をした方に対して、財産分与の支払を命じることが出来るかという点については何も言及していないので、原告が支払うことになりそうだと分かった段階でも、原告が支払いを反対するような意思を示さなかったために、この論点がそもそも問題視されなかった可能性があります。
② 広島高裁令和4年1月28日決定
広島高裁は、財産分与審判事件において、相手方が手続きの中で支払いを求めるような意思表示をしていた場合には、申立人に対して支払うよう命じることが出来るとしました。
具体的な判示内容は以下の通りです(カッコで過去の判例を引用している部分は省略)。
「財産分与に関する処分の審判事件においては、分与を求める額及び方法を特定して申立てをすることを要するものではなく、単に抽象的に財産の分与の申立てをすれば足り、また、裁判所は申立人の主張に拘束されることなく自らその正当と認めるところに従って分与の有無、その額及び方法を認めるべきものであるところ、東学審判事件の審理の対象が、基本的に離婚の際の夫婦共有財産の清算であって、当事者の一方から他方に対する分与の是非並びに分与の額及び方法は、裁判所が当該清算の結果等一切の事情を考慮してこれを定めることとされていることからすると、裁判所において、財産分与に関する処分の審判の申立人が給付を受けるべき権利者となるような財産分与を定めることも可能であると解される。このような解釈は、財産分与に関する処分んお審判事件において審判を得ることについて、申立てを受けた相手方の正当な利益を保護するため、相手方が本案について書面を提出し、又は期日において陳述した後は、申立ての取下げについて相手方の同意を得なければ、その効力を生じないものとする特則を定めた家事事件手続法153条とも符合するといえる。もっとも、財産分与に関する処分の審判申し立てが、当事者間に協議が調わないとき、又は協議をすることが出来ないときにされるものであること(民法768条2項本文)に鑑みると、審判の申立人が自らが給付を受けるべき権利者であると主張して相手方に対して給付を求める趣旨で申立てをし、かつ、申立ての相手方が給付を求める意思を有していない場合、すなわち、相手方が申立人から給付を受けないものとすることにつき当事者間に争いがない場合にまで、申立人に対して相手方への給付を命じる必要はないと解される。」
2 請求した方に支払いを命じることはできないとした裁判例
① 東京高等裁判所平成6年10月13日判決
原告(控訴人)が離婚に付随して財産分与を請求した事件について、財産分与を支払う側には財産分与請求の申し立て権はないとしました。
具体的な判示内容は以下の通りです。
「控訴人は、当審において、被控訴人に対する財産分与、養育費の支払いを命ずる裁判の申立をするが、民法七七一条、七六八条二項、人訴法一五条一項の財産分与の申立、民法七七一条、七六六条一項、人訴法一五条一項の養育費の申立は、いずれも各請求権の具体的内容の形成を求めるものであるから、各請求権者を申立権者として予定していると解することができ、義務者の側からの申立は法の予定しないところであるのみならず、実際上もこれを認める必要性は考えられない。また、財産分与の要否、分与の額、方法や養育費の額を判断するについて、義務者が相手方の権利実現のため十分な主張、立証活動をすることは期待しえないし、裁判所が職権で探知することにも限度があるから、義務者の側からの申立を認めることは実質的にみても妥当ではない。よって、控訴人の右各申立は不適法として却下するのが相当である。」
② 大阪高等裁判所平成4年5月26日判決
こちらも東京高裁平成7年判決と同様に、財産分与を支払う側には財産分与請求の申し立て権はないとしました。
具体的な判示内容は以下の通りです。
「離婚に伴って相手方配偶者に対して財産分与をなすべき義務を負う者が離婚請求に付随して財産分与の申立てをすることは、以下の理由により許されないものと解するのが相当である。
1 離婚をした当事者の一方は、相手方に対して財産の分与を請求することができる(民法七六八条一項、七七一条)ところ、財産分与について協議が成立しないときは、当事者は家庭裁判所に対して財産分与の処分を求めることができ(民法七六八条二項、家事審判法九条一項乙類五号)、また、右申立ては、離婚請求訴訟において、付随的申立てとして行うことができる(人事訴訟手続法一五条一項)。右申立ては、財産分与請求権の具体的内容の形成を求めるものであるから、財産分与を請求する者を申立権者として予定しているものと解するのが相当である。一方、財産分与の義務を負う者は、協議や裁判所の処分によってその具体的内容が確定するまでは、相手方配偶者に対して現実に財産を分与する義務を負うことはないのであるから、このような者が自ら財産分与の具体的内容の形成を求める申立てを行う必要を生ずることは通常考えられないところであり、申立権を認める必要はないと解される。」
3 コメント
一見すると、高等裁判所判例がバラバラなように感じますが、裁判所は、原則として財産分与を請求した側の方が財産が多いと判明した段階で、権利者ではなく義務者となり、義務者が自分に義務があることを認めろという請求はできないと考えているようです。
このように考えても、相手方は、別途財産分与請求を申立てればいいわけですから、何ら問題は生じません。
例外的に、当事者が争わなかったケースや、離婚を先にしており、相手方は期間制限(離婚後2年の除斥期間)により財産分与請求ができないケースで、相手方救済のために請求者側に支払いを命じることがある、ということでしょう。
現場の判断としては、裁判所の例外的扱いに期待するより、財産分与が逆転する可能性があると考えた段階で、別途財産分与請求を申立てておくべきでしょう。
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・コラム目次ー男女問題を争点ごとに詳しく解説-
監修弁護士紹介
弁護士 本 田 幸 則(登録番号36255)
・2005年 旧司法試験合格
・2007年 弁護士登録
弁護士になってすぐのころは、所属事務所にて、一般的な民事事件はもちろん、行政訴訟や刑事事件、企業法務まで担当しました。
独立後は、身近な問題を取り扱いたいと思い、離婚や相続などに注力しています。
ご相談においては、長期的な視野から依頼者にとって何がベストなのかを考え、交渉から裁判まであらゆる手段を視野に入れてアドバイスいたします。
弁護士 鈴 木 淳(登録番号47284)
・2006年 早稲田大学法学部卒業
・2006年 法務省入省(国家Ⅰ種法律職)
・2011年 明治大学法科大学院修了
・2011年 新司法試験合格
・2012年 弁護士登録
一般民事事件や中小企業法務を中心として、交渉から裁判まで、様々な分野の案件を担当してきました。
この度、なごみ法律事務所の理念に共感し、市民の方の生活に密着した問題や、経営者の日常的に接する問題を重点的に扱いたいと考え、執務することとなりました。
ご依頼者と同じ目線に立ちながら、最善の解決策を共に考えてゆきたいと思います。