婚姻関係破綻後、離婚前の嫌がらせ行為を離婚慰謝料として請求できるか
妻が、夫に対して、離婚に至るまでの種々の嫌がらせ行為について、妻が離婚と同時に慰謝料を請求したのに対し、裁判所が、妻が主張している夫の行為は、婚姻関係破綻後の行為であるから、離婚原因とはいえず、離婚慰謝料請求は認められないとした東京家裁令和4年7月7日判決をご紹介します。
本件は、夫婦不仲の原因が双方から事細かに主張されているため、具体的な不仲の原因をコンパクトに書くことが出来ないので省略させていただきます。
裁判所の事実認定によると、夫婦間は結婚後間もなくから夫婦喧嘩が続き、お互いに離婚届に署名したことがあるなど、妻が子を連れて家を出て行く時点で夫婦関係は非常に悪い状態となっていました。
妻によると、その後、夫は、記者会見を開き、妻が子を連れ出て行く際に子をトランクに入れた、虐待だと主張するなどしたとのことですが、裁判所は、その点について認定せず、それまでの経緯からすると、妻が家を出て行った時点で婚姻関係が破綻していたとしました。
そして、妻が主張する事実は、婚姻関係破綻後の事実であるから離婚原因ではなく、離婚慰謝料請求はできないとしました。
【コメント】
もともと、慰謝料請求は、不法行為に基づく損害賠償請求(民法709条)です。
つまり、交通事故でケガをしたから損害賠償を請求するというのと変わりません。
ですから、本来は、地方裁判所で損害賠償請求をするのが原則ということになります。
ただし、離婚と同時に慰謝料を請求する場合には、離婚原因となる事実と離婚慰謝料の原因となる事実は同じだから、例外的に家庭裁判所でまとめて判断するという制度になっています。
そうすると、判決がいうように、嫌がらせ行為が婚姻関係破綻後になされたとすれば、離婚原因とは関係なのですから、離婚慰謝料の対象外となることに異論はないと思われます。
ただ、やっかいなのは、「婚姻関係の破綻」というのは、客観的に存在しているものではなく、判決時に裁判官が認定するものだということです。
そうすると、婚姻関係破綻前の嫌がらせだと思って慰謝料を請求したら、婚姻関係破綻後の行為だという判決を書かれることがあり得ます(本判決がそうです)。
そのような場合は、嫌がらせ行為自体が適法とされたわけではなく、離婚とは関係がないと言われただけですので、別途地方裁判所に嫌がらせ行為単体で慰謝料請求訴訟を起こすことが可能です。
ここで、時効が問題になります。
離婚慰謝料は、離婚が成立して初めて発生するものなので、離婚とセットで慰謝料を請求する限り、時効になることはありません。
しかし、個別の嫌がらせ行為について慰謝料を請求する場合、個別の嫌がらせ行為による被害及び加害者を知ったときから慰謝料請求権の時効が進行します(民法724条)。
つまり、自宅を出たあと嫌がらせ行為を受け、その後、離婚交渉をして決裂し、調停、裁判となった場合、個別の嫌がらせ行為から判決まで3年以上経過していることがあり得ます。
この場合、通常は、夫から妻への嫌がらせ行為ですから、嫌がらせがあった瞬間に被害も加害者も知ったことになります。
そうすると、個別行為の慰謝料請求は、時効消滅していることになりそうです。
しかし、妻は、嫌がらせ行為時点では婚姻関係は破綻しておらず、離婚慰謝料として認められると考えていたのに、家庭裁判所が家を出て行ったときに婚姻関係が破綻しているといったばかりに、個別行為の慰謝料請求権が時効消滅していると考えていいのでしょうか?
なんだかあいまいな「婚姻関係の破綻」という事実の認定の仕方ひとつで、権利が時効消滅してしまうのは不当な感じがします。
なお、この点について、今回の判決は、何も言及していません。
もしかすると、時効消滅の可能性がないからこんな判決が書けたのかもしれません。
監修弁護士紹介
弁護士 本 田 幸 則(登録番号36255)
・2005年 旧司法試験合格
・2007年 弁護士登録
弁護士になってすぐのころは、所属事務所にて、一般的な民事事件はもちろん、行政訴訟や刑事事件、企業法務まで担当しました。
独立後は、身近な問題を取り扱いたいと思い、離婚や相続などに注力しています。
ご相談においては、長期的な視野から依頼者にとって何がベストなのかを考え、交渉から裁判まであらゆる手段を視野に入れてアドバイスいたします。
弁護士 鈴 木 淳(登録番号47284)
・2006年 早稲田大学法学部卒業
・2006年 法務省入省(国家Ⅰ種法律職)
・2011年 明治大学法科大学院修了
・2011年 新司法試験合格
・2012年 弁護士登録
一般民事事件や中小企業法務を中心として、交渉から裁判まで、様々な分野の案件を担当してきました。
この度、なごみ法律事務所の理念に共感し、市民の方の生活に密着した問題や、経営者の日常的に接する問題を重点的に扱いたいと考え、執務することとなりました。
ご依頼者と同じ目線に立ちながら、最善の解決策を共に考えてゆきたいと思います。