合意書しか作っていなかった場合の養育費の請求は地裁?家裁?
養育費について、当事者間で話し合い、合意書を作ったのに支払いが滞ったというご相談があります。
相手方に催促して支払ってくれればいいのですが、そうでない場合、地方裁判所に訴えればいいのでしょうか?
それとも家庭裁判所で調停や審判をするのでしょうか?
この点に関して、地方裁判所に訴訟提起せよと判断した東京高裁令和5年5月25日決定をご紹介します。
そのあとに、合意の種類別の法的効果等と対応方法について説明します。
1 合意に基づく養育費を支払わない場合は、地裁に訴訟提起すべきとした裁判例
【事案の概要】
・2020年12月16日:離婚、親権者は相手方
・2021年6月:2021年1月から、子らが高校を卒業するまで、抗告人が子1人につき月3万円の養育費を支払う合意をし、抗告人が誓約書を交付
・2021年12月1日:離婚協議書作成、同協議書の養育費の金額と期間は誓約書と同じだが、迷惑行為があった場合は養育費の支払いを終了するとの内容が加筆
・2021年12月:抗告人が相手方が迷惑行為をしたとして養育費の支払いを拒否
・2021年12月28日:相手方が千葉家裁松戸支部に養育費請求を申立て
・2022年9月16日:千葉家裁松戸支部の審判
審判の概要
*連絡したら養育費終了という合意の有効性は疑問
*そもそも抗告人は、相手方が迷惑行為をしたという証拠を提出していない
*合意後の事情の変更がないから、合意に基づいて未払の分と今後の養育費も支払え
・2022年9月:抗告人が、即時抗告(東京高裁へ不服申し立て)
・2023年5月25日:東京高裁が、千葉家裁松戸支部の審判を破棄し、相手方の養育費請求を却下
【東京高裁令和5年5月25日決定】
東京高裁が、相手方の養育費請求を却下した理由は以下の通りです。
「相手方が、本件合意に基づき、抗告人に対し、子らの養育費を支払うよう命じることを求める場合には、地方裁判所に対し、抗告人を被告とする訴えの提起をし、判決を求める民事訴訟手続きによるべきであって、これを家庭裁判所に対して求めることはできない。」
「家庭裁判所は、子の監護について必要な事項の定めをする場合には、家事事件手続法154条3項により、付随処分として財産上の給付を命じることができ、そのような給付を命じる裁判は、同法75条により、執行力のある債務名義と同一の効力を有するものとされているが、本件においては、本件合意が民法766条3項に基づいて変更されたわけではなく、新たな法律関係が形成されたともいえないのであるから、家事事件手続法154条3項に基づき、何らかの給付を命じることもできない。」
なお、迷惑行為があった場合の養育費支払い終了の合意は、誓約書作成時にはなかった。離婚協議書の迷惑行為禁止条項は、子の福祉に反する内容なので、限定的に解釈するべきである。そして、本件では養育費の支払いを終了するべき様な迷惑行為があったとはいえない。
【コメント】
裁判手続きの選択に関することなので、一般の方にはわかりにくいと思いますが、かいつまんで言うと、家裁に対する養育費請求は、養育費が決まってなかったり、決まったあとに事情変更があったので変更してほしいときに利用するもの。
養育費の合意があって、そのとおりにしろという場合は、単なる契約の履行の問題なので、地裁に訴訟提起すべき。
という、ごく普通の判決です。
むしろ、なぜ千葉家裁松戸支部が、合意に基づく支払いを命じる審判をしたのか分かりません。
ただ、たまに合意に基づく養育費の支払いを求めて家裁に調停を申立てる弁護士を目にするので、離婚に詳しくない弁護士は知らないことなのかもしれません。
本件は、判決文を見ると弁護士名が書いていないので、本人が自分で争ったようです。
私も合意書があるのに養育費請求調停を申立てることがないわけではありませんが、それは、合意内容があいまいだったり、状況的に売り言葉に買い言葉で取り決めたと思われ、合意が有効かあやしいので、改めて合意をし直したい、あるいは、家裁に決めてほしい場合です。
なお、上記のとおり、養育費の請求が却下されていますが、何ら不都合はありません。
高裁は、合意に基づく支払い請求を家裁に申し立てるのはおかしいといっただけなので、あらためて地裁に合意に基づく養育費の支払い請求訴訟を提起すれば、合意通りの請求が認められます。
本来なら、上記のとおり、管轄が違うといえばいいだけのところ、高裁が合意の有効性まで言及したのは、事実上、支払い拒否は不当なので養育費を支払えと言いたかったのでしょう。
地裁の管轄だといいつつ、支払い拒否の妥当性を判断するのは越権行為のような気もしますが。。。
本件とは逆に、親権者が合意に基づいて支払うように地裁に訴訟提起したところ、被告が家裁で判断すべきと主張したところ、裁判所が、「養育費の支払に関する合意は私法上の合意として有効であり,これに基づいて,民事訴訟によりその給付を請求することができることを否定する理由はない」とした裁判例もあります(神戸地方裁判所平成26年5月29日判決)。
2 養育費の合意の種類と効果に関する基礎知識
① 口頭での合意
養育費の合意は契約の一種ですが、契約は、双方の意思の合致があれば成立します。
ですから、口頭での合意でも法的に有効です。
ただし、口頭での合意の場合、合意があったことを証明するのが困難です。
例外的に合意を録音していたとか、何年にもわたって毎月決まった金額が振り込まれていたなどの事情で、口頭の合意が推定できる場合は別ですが、そうでない場合は、養育費請求調停を申立てて、一から話し合わざるを得ないでしょう。
② LINEやメールでの合意
上記のとおり、合意は、双方の意思が合致していれば有効なので、LINEやメールでも意思の合致が認められれば有効です。
ただ、実際に相談にいらっしゃる方のメールやLINEを見てみると、売り言葉に買い言葉で言った、あるいは、相手が言葉を濁しているのを「反論がないから、これで決まった」と思って方が多く、双方の意思の合致が認められるかあやしいケースが多くあります。
そのような場合には、養育費請求調停を申立てて、一から話し合わざるを得ないでしょう。
逆に、LINEやメールでも、一連のやり取りから、双方が冷静に条件を提示し合い、真に納得のうえで合意ができたと読み取れる場合には、地方裁判所に合意に基づく養育費請求をすることになります。
③ 合意書を交わしている場合
合意書がある場合は、さすがにその場の勢いで合意したといえる場合はほとんどないでしょうから、原則として合意は有効となります。
例外は考えにくいのですが、べろんべろんに酔っぱらっているときに書かされたとか、包丁を突き付けられて「書かないと刺す」と言われてサインした、などという特殊事情があれば無効又は取消しができるでしょう。
合意書がある場合は、上記判決と同様に、支払いがされなかった場合は、地方裁判所に訴訟提起することになります。
④ 公正証書にしている場合
合意内容を公正証書にしている場合は、公証人が両者に意思確認をしているので、合意自体を争うことはまず無理です。
また、強制執行受諾文言(払わなかったら差押してもいい)が入っているはず(当事者が作る文案に入ってなければ、公証人が指摘するはず)なので、相手が養育費を支払わない場合は、公正証書に基づく給与やその他の財産の差し押さえが可能です。
ですから、改めて養育費請求調停や養育費請求訴訟をする必要はなく、強制執行手続きをするだけです。
⑤ 調停で決まった場合
調停で養育費が決まった場合には、調停調書という書面が作られます。
調停調書は、確定判決と同様の効力を持つとされているので、この調停調書に基づいて給与やその他の財産の差し押さえが可能です。
⑥ 審判や判決(その後の高裁決定を含む)で決まった場合
養育費請求審判や離婚裁判に付随して養育費が判決で決まった場合は、その審判や判決に基づいて給与やその他の財産の差し押さえが可能です。
【関連コラム】
・養育費の計算|2019年12月改定対応
・養育費は離婚したあとで請求することも出来ます
・コラム目次ー男女問題を争点ごとに詳しく解説-
監修弁護士紹介
弁護士 本 田 幸 則(登録番号36255)
・2005年 旧司法試験合格
・2007年 弁護士登録
弁護士になってすぐのころは、所属事務所にて、一般的な民事事件はもちろん、行政訴訟や刑事事件、企業法務まで担当しました。
独立後は、身近な問題を取り扱いたいと思い、離婚や相続などに注力しています。
ご相談においては、長期的な視野から依頼者にとって何がベストなのかを考え、交渉から裁判まであらゆる手段を視野に入れてアドバイスいたします。
弁護士 鈴 木 淳(登録番号47284)
・2006年 早稲田大学法学部卒業
・2006年 法務省入省(国家Ⅰ種法律職)
・2011年 明治大学法科大学院修了
・2011年 新司法試験合格
・2012年 弁護士登録
一般民事事件や中小企業法務を中心として、交渉から裁判まで、様々な分野の案件を担当してきました。
この度、なごみ法律事務所の理念に共感し、市民の方の生活に密着した問題や、経営者の日常的に接する問題を重点的に扱いたいと考え、執務することとなりました。
ご依頼者と同じ目線に立ちながら、最善の解決策を共に考えてゆきたいと思います。