婚約破棄による損害賠償請求
婚約とは、将来結婚をする約束のことをいいます。
婚姻の予約契約と表現されたりもします。
この約束には法的な拘束力をともなうので、正当な理由なく破棄した場合には、損害賠償請求をすることが可能です。
では、どのような場合に、いくらくらい損害賠償請求ができるのでしょうか?
1 そもそも婚約が成立したといえるか?
2 正当な理由なく婚約を破棄したといえるか?
3 損害賠償の金額は?
4 損害賠償請求方法
の順に説明します。
1 婚約が成立したといえるか?
婚約とは、将来結婚することの約束です。
結婚は、両性の合意のみでできることですから、2人の間で結婚しようという約束さえあればよく、親の同意や、結納等の手続は必要ありません。
もっとも、結婚しようと約束があればよいとはいっても、実際には3つの問題があります。
それは、①心からの合意があったかという点と、②合意を証明できるかという点、③法的に保護されるような約束かという点です。
①心からの合意があったか
裁判例の多くは、交際している男女間では、愛情を確かめるために気軽に結婚しようといういうことが多く、それをもって法的に保護される婚約であるということはできないと考えています。
ですから、結婚の約束が心からの合意であるかどうかを、会話の背景や、その後の行動から判断されることになります。
一般的に否定されやすいのは、性交渉前後に交わされる会話です。
他にも、口約束やメール、手紙での約束があるものの、その後長期間にわたり結婚に向けた準備らしき行為が行われていない場合には、単なる愛情確認としての意味しか持たないと判断される可能性があります。
では、具体的には、どのような行為があれば心からの合意があったといえるのかですが、
・双方両親への結婚の挨拶
・結納
・婚約指輪の授受
・結婚式場の予約
・新居の準備
・妊娠、出産
・出会いの場が結婚相談所である
などの事情があれば、心からの合意があったと認められやすくなります。
②合意を証明できるか
結婚するという心からの合意があったとしても、相手がこれを否定する場合には、婚約破棄を主張する側が、合意があったことを証明する必要があります。
上記①で記載した事情があれば、何らかの記録が残っているでしょうから、それを保管しておいてください。
最も困るのが、両親への挨拶はしたけれど、それ以外には何もしていない場合です。
その場合、証明が非常に厳しく、たとえば実家に帰るための交通費や挨拶が料亭などの場合、その領収証、メールやLINEでのやり取りなど、間接的な証拠を積み重ねて証明せざるを得ないので、些細な証拠でも保存しておいてください。
③法的に保護されるような約束か
たとえ上記①②が満たされる場合でも、裁判所が違法な行為を保護するわけにはいきません。
そこで、配偶者がいる者との婚約は、原則として無効とされます。
もっとも、婚姻関係が実質的には破綻しているような場合は、保護すべき婚姻関係が存在しないとして、婚約が有効になる可能性があります。
なお、婚姻適齢に達していないとか、未成年で両親の同意を得ていない、女性が再婚禁止期間にあるといった事情があっても、婚約は有効です。
なぜなら、これらは、反社会的な行為というわけではなく、時間の経過で解消される事情だからです。
2 正当な理由のない婚約破棄とは?
婚約していると認められた場合、その合意は、法的に保護されるものとなるので、正当な理由もなく一方的に破棄することは許されません。
では、どのような場合に正当な理由が認められるかですが、結婚前であることから、離婚が認められる場合より、やや緩やかな基準となります。
たとえば、
・浮気
・重要な事実についてのウソ
・性的不能
・回復不能な病気にかかった
などが挙げられます。
逆に、以下のような場合は正当な理由と認められません。
・性格の不一致
・容姿に対する不満
・年回り
・親の反対
・人種、国籍、出身地域
もっとも、最近では、婚約して結婚に向けて活動するなかで性格の不一致等が分かることもあるのだから、結婚に対する自由意思を尊重し、慰謝料が認められるのは、婚約解消の動機や方法が公序良俗に反し、著しく不当性を帯びる場合に限るとする学説が有力に主張されており、そのような判決も出されています。
3 損害賠償できる範囲・金額は?
婚約破棄に正当な理由がないと認められる場合には、婚約破棄と相当因果関係のある範囲で損害賠償請求が認められます。
相当因果関係とは、通常予想される損害と当事者がとくに認識していた損害です。
通常は、①慰謝料、②結婚準備に要した費用、の2つです。
①慰謝料の相場
婚約破棄によって負った精神的損害を金銭に換算したものを慰謝料といいますが、以下ような事情を総合考慮して決定されます。
・婚約までの交際期間や経緯
・婚約後の期間や経緯
・婚約破棄の原因
・婚約破棄の時期(婚約後すぐか、相当準備が進んだ後か)
・性交渉があったかどうか
・婚約破棄をしたあとの事情
金額は、具体的な事情でかなり幅広くなっていますが、一般的には離婚時の慰謝料よりは低くなり、50~200万円が多いと思われます。
②結婚準備に要した費用
一般に以下のものは損害として認められます。
・結婚式場のキャンセル料
・新婚旅行のキャンセル料
・新居に要した費用
・婚約指輪、結婚指輪の費用
裁判例によって異なっているのは、家具類や寿退社した場合の損害です。
家具については、そのまま日常生活で使用できるとして、損害にあたらないとした裁判例があります。
しかし、結婚するにあたり特注していたり、すでにも持っているものについて、家族用の大型のものに買い換えたような場合は損害として認められるべきでしょう。
結婚にあたり会社を退職してしまったような場合も、婚約から相当期間が経過していたり(婚約してすぐの退社は軽率と判断していると思われます)、婚約破棄理由が悪質な事例では、再就職までの期間等を逸失利益として認めているものがあります。
私見ですが、婚約者が遠方に住んでおり、一緒に生活するには退職せざるを得ないような場合で、具体的な引っ越し日などが決まっているなどの事情があれば認められやすくなると考えます。
③結納金は?
結納金について、裁判所は、「婚約の成立を確証し,併せて婚姻が成立した場合に当事者ないし当事者両家間の情宜を厚くする目的で授受される一種の贈与である」としています。
結婚を条件とする贈与なのですから、婚約が破棄された場合には返還するのが原則です。
ただし、結納金を支払った側に婚約破棄の原因がある場合には、信義則(民法1条2項)上返還請求はできないとされています。
4 具体的な手続は?
婚約破棄の場合、
①債務不履行による損害賠償請求
または、
②不法行為に基づく損害賠償請求
をすることになります。
両者は、同じ損害を、違う法律概念でとらえているだけなので、どちらを請求してもかまいませんが、両方請求することはできません。
両者は以下のような違いがありますが、私は不法行為に基づく損害賠償として請求することをお勧めします。
ⅰ 証明しなければならないことの違い
一般論としていえば、①は契約違反ですから、契約があったこと、契約が実行されなかったことを証明できればよいのに対し、②は、故意または過失によって他人の権利を侵害したことが必要となります。
ですから、相手の故意過失を証明しなければならない分、②の方が難しいということになりそうですが、故意・過失なく婚約破棄をする場面は考えづらいので、事実上は変わらないでしょう。
ⅱ 時効期間の違い
①債務不履行では10年、②不法行為に基づく損害賠償請求では3年で時効となります。
しかし、婚約破棄について3年以上も損害賠償を請求しなければ、本当は不当な婚約破棄ではないのではないかとか、許していたのに何らかのきっかけで、またもめたから嫌がらせの意味で訴えたのではないかと判断されかねず、事実上は両者に違いは出ないでしょう。
ⅲ 損害額の違い
①では、損害に対する遅延損害金が翌日からつくのに対し、②では当日からつきます。
もっとも、1日だけですから、ほとんどかわりません。
ⅳ 弁護士費用が判決で認められるかの違い
損害は、相当因果関係の範囲で認められますが、①債務不履行だと、単なる契約違反なので、弁護士を雇うかどうかは当事者の自由であり、相当因果関係内の損害とは原則として認められません。
これに対し、②不法行為となると、違法な行為に巻き込まれたので、被害回復のために弁護士を雇わざるを得なかったと判断され、弁護士費用の一部が損害として認められます。
この点が一番の違いであり、かつ、結構な金額の違いを生むので、私は不法行為だと主張することをお勧めします。
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監修弁護士紹介
弁護士 本 田 幸 則(登録番号36255)
・2005年 旧司法試験合格
・2007年 弁護士登録
弁護士になってすぐのころは、所属事務所にて、一般的な民事事件はもちろん、行政訴訟や刑事事件、企業法務まで担当しました。
独立後は、身近な問題を取り扱いたいと思い、離婚や相続などに注力しています。
ご相談においては、長期的な視野から依頼者にとって何がベストなのかを考え、交渉から裁判まであらゆる手段を視野に入れてアドバイスいたします。
弁護士 鈴 木 淳(登録番号47284)
・2006年 早稲田大学法学部卒業
・2006年 法務省入省(国家Ⅰ種法律職)
・2011年 明治大学法科大学院修了
・2011年 新司法試験合格
・2012年 弁護士登録
一般民事事件や中小企業法務を中心として、交渉から裁判まで、様々な分野の案件を担当してきました。
この度、なごみ法律事務所の理念に共感し、市民の方の生活に密着した問題や、経営者の日常的に接する問題を重点的に扱いたいと考え、執務することとなりました。
ご依頼者と同じ目線に立ちながら、最善の解決策を共に考えてゆきたいと思います。