長期間の別居のみでは離婚理由とならないとした裁判例
一般に長期間の別居は、婚姻関係が破綻しているとされ、法律上の離婚理由となりますが、東京高裁が長期間の別居のみでは離婚理由とならないとした裁判例をご紹介します。
なお、いつもは事案の概要を書いて、裁判所の判断を記載し、当職のコメントを記載しますが、事案の概要も、裁判所の判断の重要部分も非常に長いので、先にコメントを記載します。
詳しく知りたい方は、コメントのあとの事案の概要と裁判所の判断も読んでください。
1 結論とコメント
判決を要約すると、単に別居していただけでは離婚理由とはならず、誠実に対応していたことが必要とのことですが、本件は、夫を有責配偶者と認定していいような事案です。
要介護の自分の父親を妻に押し付けて、妻はもちろん、子供にすら会おうとせず、婚姻費用は法律上認められる金額以上支払わない態度を示したため、二女が私立高校に行けず(夫の年収は約1100万円)、という状況で、時間が経過したから離婚ね、という夫の主張を裁判所が別居期間が長かっただけではダメだと言いました。
しかも、裁判所は、夫が1回目の離婚訴訟を提起したことについて、「この訴訟で,第1審原告は,第1審被告と子ら2人だけがシンガポールから日本に帰国した平成19年3月以降,夫婦関係は悪く,別居状態にあった旨の虚偽主張をして,第1審被告の心情をいたく傷つけた。」とまで書いています。
普通は、訴訟上の主張自体を非難することはありません。
という訳で、本件は、離婚を請求した側の対応があまりにひどかったという案件ですので、一般化はできないと思いますが、まれに、とにかく冷たく対応すれば相手が折れて離婚できるのではないかとおっしゃる方がいるので、それはまずいですよ、という裁判例としてご紹介します。
2 事案の概要
・平成5年8月31日 結婚、夫は会社員、妻は専業主婦となった
・平成9年2月 長女出生
・平成15年2月 二女出生
・平成19年3月 家族は夫の海外赴任で海外で生活していたが、夫の父親が高齢及び身体障害による要介護2のため一人暮らしが厳しくなったため、妻と子らのみ帰国し、夫父と同居
・平成29年9月 夫帰国
・平成23年5月29日 家族で転居、障害者用ミニバン購入
・同年6月11日 夫会社のサマータイム実施により、始発では間に合わないため、会社近くに夫のみ単身赴任
・平成23年7月25日 夫が突然、電話で理由の説明もなく離婚を申し入れるとともに、妻や夫父らが障碍者用ミニバンを使えないようにする。
・平成23年11月 夫が離婚調停申立て
・平成24年1月 夫弁護士が、離婚は避けられないので応じるように直接(調停手続き外で)妻に通知書を送る。
・平成24年6月 要介護状態にある夫の父親が調停委員会に夫宛の要望書を提出するが、夫はすべて拒否し、調停は不成立となる。
・平成24年10月 夫が離婚訴訟提起するが、請求棄却(離婚を認めない)、夫控訴
・平成25年10月30日 控訴棄却(離婚を認めない)
その後、夫の父は、妻や子らの将来を懸念して夫に対して妻と養子縁組をしたいと連絡するが、夫は、弁護士を通せというばかりで直接の連絡を拒否
夫の父は、夫の対応に、ますます妻や子らの将来を案じるようになり、同居前の自宅を売却し、売却代金を妻に贈与し、生命保険の受取人を子らにし、妻と養子縁組をする。
夫は、転勤の連絡もせず、妻や実父が連絡を取ろうとしてもすべて拒否
夫弁護士が辞任
・平成28年11月28日 夫父死亡、夫は葬儀には参加
・平成29年1月30日 夫が新しい弁護士と契約し、離婚調停申立て
・同年4月26日 調停不成立
・平成29年5月 妻は不整脈の診断により大学病院での治療を指示されれ、膝関節痛もあり就労できない状況
・平成29年6月6日 離婚訴訟提起、婚姻費用減額調停申立て
その後、長女は私立高校に進学し卒業できたが、二女は夫が私立高校進学の費用負担を拒否したため、経済的理由から都立高校に進学
長女は就職している
子らは両親の離婚に強く反対している
なお、夫は、実父の葬儀に参加した以外は、妻に会わないことはもちろん、子供が面会を希望しても会わず、実父は完全に妻に任せきりであった。
3 東京高等裁判所の判断
上記の事実関係を前提に、東京高等裁判所は以下の通り判示しました(太字加工は当職)。
「(1)婚姻も契約の一種であり,その一方的解除原因も法定されている(民法770条)が,解除原因(婚姻を継続し難い重大な事由)の存否の判断に当たっては,婚姻の特殊性を考慮しなければならない。殊に,婚姻により配偶者の一方が収入のない家事専業者となる場合には,収入を相手方配偶者に依存し,職業的経験がないまま加齢を重ねて収入獲得能力が減衰していくため,離婚が認められて相手方配偶者が婚姻費用分担義務(民法752条)を負わない状態に放り出されると,経済的苦境に陥ることが多い。また,未成熟の子の監護を家事専業者側が負う場合には,子も経済的窮境に陥ることが多い。一般に,夫婦の性格の不一致等
により婚姻関係が危うくなった場合においても,離婚を求める配偶者は,まず,話し合いその他の方法により婚姻関係を維持するように努力すべきであるが,家事専業者側が離婚に反対し,かつ,家事専業者側に婚姻の破綻についての有責事由がない場合には,離婚を求める配偶者にはこのような努力がより一層強く求められているというべきである。また,離婚を求める配偶者は,離婚係争中も,家事専業者側や子を精神的苦痛に追いやったり,経済的リスクの中に放り出したりしないように配慮していくべきである。ところで,第1審原告は,さしたる離婚の原因となるべき事実もないのに(第1審原告が離婚原因として主張する事実
は,いずれも証明がないか,婚姻の継続を困難にする原因とはなり得ないものにすぎない。),南品川に単身赴任中に何の前触れもなく突然電話で離婚の話を切り出し,その後は第1審被告との連絡・接触を極力避け,婚姻関係についてのまともな話し合いを一度もしていない。これは,弁護士のアドバイスにより,別居を長期間継続すれば必ず裁判離婚できると考えて,話し合いを一切拒否しているものと推定される。離婚請求者側が婚姻関係維持の努力や別居中の家事専業者側への配慮を怠るという本件のような場合においては,別居期間が長期化したとしても,ただちに婚姻を継続し難い重大な事由があると判断することは困難であ
る。第1審被告が話し合いを望んだが叶わなかったとして離婚を希望する場合には本件のような別居の事実は婚姻を継続し難い重大な事由になり得るが,話し合いを拒絶する第1審原告が離婚を希望する場合には本件のような別居の事実が婚姻を継続し難い重大な事由に当たるというには無理がある。したがって,婚姻を継続し難い重大な事由があるとはいえないから,第1審原告の離婚請求は理由がない。
(2)仮に,婚姻関係についての話し合いを一切拒絶し続ける第1審原告が離婚を請求する場合においても,別居期間が平成23年7月から7年以上に及んでいることが婚姻を継続し難い重大な事由に当たるとしても,第1審原告の離婚請求が信義誠実の原則に照らして許容されるかどうかを,検討しなければならない。
離婚請求は,身分法をも包含する民法全体の指導理念である信義誠実の原則に照らしても容認されることが必要である。離婚請求が信義誠実の原則に反しないかどうかを判断するには,①離婚請求者の離婚原因発生についての寄与の有無,態様,程度,②相手方配偶者の婚姻継続意思及び離婚請求者に対する感情,③離婚を認めた場合の相手方配偶者の精神的,社会的,経済的状態及び夫婦間の子の監護・教育・福祉の状況,④別居後に形成された生活関係,⑤時の経過がこれらの諸事情に与える影響などを考慮すべきである(有責配偶者からの離婚請求についての最高裁昭和61年(オ)第260号同62年9月2日大法廷判決・民集41巻6号1423頁の説示は,有責配偶者の主張がない場合においても,信義誠実の原則の適用一般に通用する考え方である。)。第1審原告代理人(当時)による「別居が一定期間継続した後に行われる離婚の訴訟では(中略)日本の法律のもとでは離婚が認められてしまう」という極端な破綻主義的見解(甲5,有責配偶者からの請求でない限り,他にどのような事情があろうと,別居期間がある程度継続すれば必ず離婚請求が認容されるというもの)は,当裁判所の採用するところではない。
本件についてこれをみるのに,婚姻を継続し難い重大な事由(話し合いを一切拒絶する第1審原告による,妻,子ら,病親を一方的に放置したままの7年以上の別居)の発生原因は,専ら第1審原告の側にあることは明らかである。他方,第1審被告は,非常に強い婚姻継続意思を有し続けており,第1審原告に対しては自宅に戻って二女と同居してほしいという感情を抱いている。離婚を認めた場合には,第1審原告の婚姻費用分担義務が消滅する。専業主婦として婚姻し,職業経験に乏しいまま加齢して収入獲得能力が減衰し,第1審原告の不在という環境下で亡一郎及び子2人の面倒を一人でみてきたことを原因とする肉体的精神的負
担によるとみられる健康状態の悪化に直面している第1審被告は,離婚を認めた場合には,第1審原告の婚姻費用分担義務の消滅と財産分与を原因として新田のマンションという居住環境を失うことにより,精神的苦境及び経済的窮境に陥るものと認められる。二女もまた高校生であり,第1審原告が相応の養育費を負担したとしても,第1審被告が精神的苦境及び経済的窮境に陥ることに伴い,二女の監護・教育・福祉に悪影響が及ぶことは必至である。他方,これらの第1審被告及び二女に与える悪影響を,時の経過が軽減ないし解消するような状況は,みられない。第1審原告は,婚姻関係の危機を作出したという点において,有責配
偶者に準ずるような立場にあるという点も考慮すべきである。そして,本件の事実関係の下においては,亡一郎と第1審被告との養子縁組の届出が第1審原告の同意を得ないまま行われたことは,第1審原告が亡一郎及び第1審被告との連絡を絶つという姿勢をとっていたことにも原因があるのであって,第1審被告側の信義誠実義務の原則に反する事情として評価することは,不適当である。同様に,第1審原告に知らせないまま亡一郎の生命保険金受取人が第1審原告から子らに変更されたこと及び第1審被告が亡一郎から実家不動産の売却余剰金の贈与を受けたことを,第1審被告側の信義誠実の原則に反する事情として評価することも,不適当である。以上の点を総合すると,本件離婚請求を認容して第1審原告を婚姻費用分担義務から解放することは正義に反するものであり,第1審原告の離婚請求は信義誠実の原則に反するものとして許されない。第1審原告は,今後も引き続き第1審被告に対する婚姻費用分担義務を負い,将来の退職金や年金の一部も婚姻費用の原資として第1審被告に給付していくべきであって,同居,協力の義務も果たしていくべきである。
第4 結論
以上によれば,第1審原告の本件離婚請求は理由がないから棄却すべきところ,これと異
なり第1審原告の本件離婚請求を認容した原判決は失当であって,第1審被告の本件控訴は理
由があるから,主文のとおり判決する。」
3 コメント
判決を要約すると、単に別居していただけでは離婚理由とはならず、誠実に対応していたことが必要とのことですが、事案の概要を読んでいただければ分かるように、夫を有責配偶者と認定していいような事案です。
要介護の自分の父親を妻に押し付けて、妻はもちろん、子供にすら会おうとせず、婚姻費用は法律上認められる金額以上支払わない態度を示したため、二女が私立高校に行けず(夫の年収は約1100万円)、時間が経過したから離婚ね、というのは、さすがに裁判所も認めないでしょう。
上記は要約していますが、裁判官も相当立腹していたのか、夫が1回目の離婚訴訟を提起したことについて、「この訴訟で,第1審原告は,第1審被告と子ら2人だけがシンガポールから日本に帰国した平成19年3月以降,夫婦関係は悪く,別居状態にあった旨の虚偽主張をして,第1審被告の心情をいたく傷つけた。」とまで書いています。
普通は、訴訟上の主張自体を非難することはありません。
という訳で、本件は、離婚を請求した側の対応があまりにひどかったという案件ですので、一般化はできないと思いますが、まれに、とにかく冷たく対応すれば相手が折れて離婚できるのではないかとおっしゃる方がいるので、それはまずいですよ、という裁判例としてご紹介します。
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監修弁護士紹介
弁護士 本 田 幸 則(登録番号36255)
・2005年 旧司法試験合格
・2007年 弁護士登録
弁護士になってすぐのころは、所属事務所にて、一般的な民事事件はもちろん、行政訴訟や刑事事件、企業法務まで担当しました。
独立後は、身近な問題を取り扱いたいと思い、離婚や相続などに注力しています。
ご相談においては、長期的な視野から依頼者にとって何がベストなのかを考え、交渉から裁判まであらゆる手段を視野に入れてアドバイスいたします。
弁護士 鈴 木 淳(登録番号47284)
・2006年 早稲田大学法学部卒業
・2006年 法務省入省(国家Ⅰ種法律職)
・2011年 明治大学法科大学院修了
・2011年 新司法試験合格
・2012年 弁護士登録
一般民事事件や中小企業法務を中心として、交渉から裁判まで、様々な分野の案件を担当してきました。
この度、なごみ法律事務所の理念に共感し、市民の方の生活に密着した問題や、経営者の日常的に接する問題を重点的に扱いたいと考え、執務することとなりました。
ご依頼者と同じ目線に立ちながら、最善の解決策を共に考えてゆきたいと思います。