子の引き渡しの間接強制が権利濫用になるかを判断した最高裁判例
最高裁判所が、別居中の両親で監護親と決まった方から、実際に子を監護している相手方に対し、子の引き渡しの間接強制を申立てた事案で、間接強制を権利濫用として認めなかった事案と権利濫用ではないとして間接強制を認めた事案をご紹介します。
なお、以前にも間接強制を権利濫用とした事案をご紹介しておりますので、よろしければ「親権者からの子の引き渡し仮処分が権利濫用で認められなかった事例」もご覧ください。
1 間接強制の申し立てを権利濫用とした事案
⑴ 事案の概要
・平成19年6月 結婚
・平成20年4月 長男出生、以後、母親が専業主婦として子らの育児をする
・平成22年10月 二男出生
・平成25年4月 長女出生
・平成27年12月 母親が父親に対し「死にたいいやや。こどもらもすてたい。」とメールを送ったのを機に、父親が子らを連れて実家に転居し、以後別居。
・平成29年3月 奈良家裁が母親を監護者と決め、父親に対して子らを引き渡す審判をする(7月確定)
・平成29年7月 母親が引渡しの強制執行の申立て、執行官が子らに対し母親のところに行くように促したところ、二男と長女は応じたが、長男が拒否して泣きじゃくり、呼吸困難に陥りそうになったため、執行官が執行不能と判断
・平成29年8月 母親が大阪地裁に人身保護請求申立て
・平成29年 母親が奈良家裁に間接強制申立て
・平成30年2月 大阪地裁は、長男が父親のもとで生活を続けたいと陳述したことについて、十分な判断能力に基づいて意思を明確に表示しているとして、人身保護請求を棄却
・平成30年5月8日 奈良家裁が子供を引き渡すまで1日1万円を支払えという内容の間接強制を認めたため、父親が不服申し立て(執行抗告)
・平成30年9月3日 大阪高裁が執行抗告を棄却(奈良家裁の判断を維持)、父親が最高裁に不服申し立て(許可抗告)
・平成31年4月26日 最高裁が大阪高裁の決定を取り消して、母親の間接強制の申立てを却下
⑵ 最高裁判所の判断の内容
「子の引渡しを命ずる審判は,家庭裁判所が,子の監護に関する処分として,一方の親の監護下にある子を他方の親の監護下に置くことが子の利益にかなうと判断し,当該子を当該他方の親の監護下に移すよう命ずるものであり,これにより子の引渡しを命ぜられた者は,子の年齢及び発達の程度その他の事情を踏まえ,子の心身に有害な影響を及ぼすことのないように配慮しつつ,合理的に必要と考えられる行為を行って,子の引渡しを実現しなければならないものである。このことは,子が引き渡されることを望まない場合であっても異ならない。したがって,子の引渡しを命ずる審判がされた場合,当該子が債権者に引き渡されることを拒絶する意思を表明していることは,直ちに当該審判を債務名義とする間接強制決定をすることを妨げる理由となるものではない。
しかしながら,本件においては,本件審判を債務名義とする引渡執行の際,二男及び長女が相手方に引き渡されたにもかかわらず,長男(当時9歳3箇月)については,引き渡されることを拒絶して呼吸困難に陥りそうになったため,執行を続けるとその心身に重大な悪影響を及ぼすおそれがあるとして執行不能とされた。また,人身保護請求事件の審問期日において,長男(当時9歳7箇月)は,相手方に引き渡されることを拒絶する意思を明確に表示し,その人身保護請求は,長男が抗告人等の影響を受けたものではなく自由意思に基づいて抗告人等のもとにとどまっているとして棄却された。
以上の経過からすれば,現時点において,長男の心身に有害な影響を及ぼすことのないように配慮しつつ長男の引渡しを実現するため合理的に必要と考えられる抗告人の行為は,具体的に想定することが困難というべきである。このような事情の下において,本件審判を債務名義とする間接強制決定により,抗告人に対して金銭の支払を命じて心理的に圧迫することによって長男の引渡しを強制することは,過酷な執行として許されないと解される。そうすると,このような決定を求める本件申立ては,権利の濫用に当たるというほかない。」
2 権利の濫用に当たらないとして間接強制を認めた事例
⑴ 事案の概要
・平成24年 結婚
・平成25年2月 長男出生
・平成27年10月 二男出生
・令和2年8月 父親が、子らを連れて転居し、母親と別居
・令和2年12月 和歌山家庭裁判所が、子らの監護者を母親と指定し、父親に対して子らを母親に引き渡すよう命じる審判
・令和3年3月29日 審判確定(大阪高裁が父親からの即時抗告を却下?)
・令和3年4月5日 母親が、子らの引渡しを受けるため、相手方宅に赴き、二男についてはその引渡しを受けた。長男については、父親及び母親の約2時間にわたる説得に応じることなく、母親の下に行くと父親と会えなくなると述べたり、長男を抱えようとした母親を強く押しのけたりするなどして、母親に引き渡されることを強く拒絶したため、母親は、その引渡しを受けることができなかった。
その後、父親は、母親に対し、長男が母親を怖がっていることから長男の引渡しについて具体的な提案をすることができないとした上で、長男と二男を面会させる機会を設けることを提案した。
母親は、これに応じることにし、令和3年5月30日に長男と二男を面会させることを合意した。
・令和3年5月30日 父親は、長男を連れて面会の待ち合わせ場所に赴いた。長男は、母親が上記待ち合わせ場所に来ることを知らされていなかったため、母親の姿を見て強く反発し、母親のことは全部嫌だなどと述べ、母親に抱かれることを拒否し、泣きながら父親に対して父親宅に帰ることを強く求めるなどした。
・令和3年6月9日 母親が和歌山家裁に間接強制の申立て
・令和3年7月13日 和歌山家裁は、父親に対し、長男を母親に引き渡すよう命じるとともに、これを履行しないときは1日につき2万円の割合による金員を母親に支払うよう命ずる決定
・令和3年7月26日 父親が大阪高裁に不服申し立て(執行抗告)
・大阪高裁が母親による間接強制の申し立てを権利濫用として却下→母親が不服申し立て(許可抗告)
・令和4年11月30日 最高裁が、母親の間接強制申し立ては権利濫用には当たらないとし、大阪高裁の決定を取り消し、引き渡しまで1日1万円の金員の支払を命じる
⑵ 最高裁判所の判断の内容
「家庭裁判所の審判により子の引渡しを命ぜられた者は、子の年齢及び発達の程度その他の事情を踏まえ、子の心身に有害な影響を及ぼすことのないように配慮しつつ、合理的に必要と考えられる行為を行って、子の引渡しを実現しなければならないものであり、このことは、子が引き渡されることを望まない場合であっても異ならない。したがって、子の引渡しを命ずる審判がされた場合、当該子が債権者に引き渡されることを拒絶する意思を表明していることは、直ちに当該審判を債務名義とする間接強制決定をすることを妨げる理由となるものではないと解される(最高裁平成30年(許)第13号同31年4月26日第三小法廷決定・裁判集民事261号247頁参照)。
そうすると、長男が抗告人に引き渡されることを拒絶する意思を表明したことは、直ちに本件申立てに基づいて間接強制決定をすることを妨げる理由となるものではなく、本件において、ほかにこれを妨げる理由となる事情は見当たらない。原審は、上記意思が現在における長男の真意であると認められ、長男の心身に有害な影響を及ぼすことのないように配慮しつつ長男の引渡しを実現するため合理的に必要と考えられる相手方の行為を具体的に想定することが困難であるとして、本件申立てが権利の濫用に当たるというが、本件審判の確定から約2か月の間に2回にわたり長男が抗告人に引き渡されることを拒絶する言動をしたにとどまる本件の事実関係の下においては、そのようにいうことはできない。したがって、本件申立てが権利の濫用に当たるとした原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法がある。」
宇賀克也裁判官の補足意見
「私は、原決定には共感できる部分があるものの、本件申立てが権利の濫用に当たるとまでいうことには躊躇せざるを得ないと考えるものであり、その理由について意見を述べておきたい。
1 記録によれば、本件において、相手方が長男の抗告人への引渡しに協力する姿勢が見られ、相手方が長男に対して抗告人への引渡しを拒否するよう殊更に働きかけている様子もうかがわれない。他方で、長男の言動に照らすと、長男は抗告人に引き渡されることを明確に拒絶する意思を表示していることは、原決定の認定するとおりである。
2 子の引渡しを命ずる審判を債務名義とする間接強制の申立てを権利の濫用に当たるとして却下した最高裁平成30年(許)第13号同31年4月26日第三小法廷決定・裁判集民事261号247頁と本件との間には、前者では、①間接強制の申立てに先立って引渡執行が行われた際、子が母に引き渡されることを拒絶し執行不能となったこと、②母が父を拘束者としてした人身保護請求の審問期日において、子が母に引き渡されることを拒絶する意思を明確に示し、請求が棄却されたことという事情があり、公的機関により、子の拒絶意思の明確性が確認されていたのに対し、本件では、そのような事情はないという相違がある。しかし、引渡執行の申立ても人身保護請求も監護権を有する債権者のイニシアティブで行われるものであり、債務者のイニシアティブで行うことはできないことに照らせば、公的機関に
より子の拒絶意思の明確性が確認されていることが間接強制の申立てが権利の濫用に当たるとされるための条件となるわけではないと考えられる。
他方、民事執行法が、効率的かつ迅速な手続運営を図るため、裁判機関(権利確定機関)と執行機関(権利実現機関)を分離し、執行機関は原則として請求権の存在等の実体法上の問題については審査せずに執行を行い、実体法上の問題については、請求異議の訴えにより審理する仕組みを設けていること、そのため、間接強制手続においては子の意見聴取や家庭裁判所調査官の調査は予定されていないことに照らすと、間接強制の申立てが権利の濫用となるためには、債務者として引渡しのためにできる限りの努力を行うことは必要であると考えられる。
3 本件においては、相手方には、長男の抗告人への引渡しに協力する姿勢が見られるものの、長男の抗告人に対する強固な忌避感情を取り除く努力が十分であったとまではいえないと思われる。そして、かかる努力を行っても、長男の抗告人に対する強い忌避感情を和らげることが期待できないと判断したときは、相手方は、長男の監護者の変更の申立てを行うことや間接強制決定自体を債務名義とする執行力の排除を求めて請求異議の訴えを提起することができる。したがって、本件で直ちに間接強制決定が権利の濫用に当たるということには躊躇せざるを得ず、今後、上記のような努力がされることが望まれるところである。」
3 コメント
率直に言って、両最高裁判決の事案に結論を異にするほどの違いがあったとは理解できませんでした。
宇賀裁判官の意見のとおり、権利濫用とした事例では、執行官による執行が失敗していること、人身保護請求で子供自身が意見を述べているという違いはありますが、どちらも父親が申し立てることはできず、母親が申し立てるのを待たなくてはなりません。
また、これを理由とすることを認めてしまうと、他の手段をとって、そこで子供の意思確認をして子供が嫌だと言ったら困るから、いきなり間接強制をしようということになりかねません。
裁判官は、権利濫用を認めなかった事例では、子供を説得する努力が足りないと認定したようですが、2時間も母親のところに行くように説得して失敗し、さらに、まずは弟と会うことから始めようとして失敗し、これ以上何をすればよいのでしょうか?
最高裁が公表している範囲でしか具体的事情が分からないため、判決文に書かれていない事情があったのかもしれませんが、現実的にどのように対応すればよいのか悩ましい判決です。
父親側ができるとりあえずの対応は、子供の引き渡しの様子や、引き渡しに関するやり取り、子供を説得している様子などをビデオ撮影しておいて、引き渡しの努力をしたといえるようにしておくことでしょうか・・・
しかし、説得場面をビデオ撮影するというのも、何とも不自然なので、どう評価されるか怖いところがありますが・・・
そもそも論として、子供がこれほど嫌がる母親を監護者と指定したこと自体がどうなんだろうとも思います。
もっとも、実際に依頼を受ける事件の中には、監護親が子供に偏見を植え付けたがゆえに非監護親を強烈に嫌うようになったとしか考えられない事案もあり、なかなか悩ましいところです。
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・面会交流の間接強制2017.3
・コラム目次ー男女問題を争点ごとに詳しく解説-
監修弁護士紹介
弁護士 本 田 幸 則(登録番号36255)
・2005年 旧司法試験合格
・2007年 弁護士登録
弁護士になってすぐのころは、所属事務所にて、一般的な民事事件はもちろん、行政訴訟や刑事事件、企業法務まで担当しました。
独立後は、身近な問題を取り扱いたいと思い、離婚や相続などに注力しています。
ご相談においては、長期的な視野から依頼者にとって何がベストなのかを考え、交渉から裁判まであらゆる手段を視野に入れてアドバイスいたします。
弁護士 鈴 木 淳(登録番号47284)
・2006年 早稲田大学法学部卒業
・2006年 法務省入省(国家Ⅰ種法律職)
・2011年 明治大学法科大学院修了
・2011年 新司法試験合格
・2012年 弁護士登録
一般民事事件や中小企業法務を中心として、交渉から裁判まで、様々な分野の案件を担当してきました。
この度、なごみ法律事務所の理念に共感し、市民の方の生活に密着した問題や、経営者の日常的に接する問題を重点的に扱いたいと考え、執務することとなりました。
ご依頼者と同じ目線に立ちながら、最善の解決策を共に考えてゆきたいと思います。