3歳児を育てる母親の収入をゼロとして婚姻費用を算定した事例

2019-07-02

婚姻費用(生活費)を決める際は、双方の収入を考慮して決めることとなりますが、3歳になったばかりの子を育てる無職の母親からの婚姻費用分担請求において、母親の収入をゼロとして婚姻費用を算定した事例として、東京高等裁判所平成30年4月20日決定を紹介します。

なお、本件は、非常に複雑な事案ですので、まず、表題の件の裁判所の判断をご紹介し、その後に当職の説明、三番目にに本件の事実関係、最後にもう一つ争いがあった点について説明します。

 

1 裁判所の判断

本件は、さいたま家庭裁判所の決定が不服であるとして東京高等裁判所に不服申し立てがされたものですが、さいたま家庭裁判所は要旨次のように認定しました。

 

母親は、現在無職だが、歯科衛生士の資格を持っていること、実際に歯科衛生士として10年以上勤務した実績があること、長男は幼稚園、長女は専業主婦の母親の援助を受けられること、を理由に母親の収入をゼロとして婚姻費用を算定するのは相当ではない。

もっとも、子供が小さいので、ある程度仕事が制限されることが想定できるとして、賃金構造基本統計調査の医療・福祉系の女子短時間労働者の平均年収151万円を母親の年収とみなして婚姻費用を算定する。

 

これに対して東京高等裁判所は、さいたま家庭裁判所の決定を取り消して、次のように判断しました。

 

母親は、現在無職である。

長男は5歳であるものの、長女は3歳になったばかりで幼稚園にも保育園にも入園していないし、予定もないことからすると、母親に潜在的稼働能力があることをもとに収入を認定するのは相当ではない。

 

2 説明

婚姻費用や養育費の算定において、当事者が無職の場合、収入をゼロとしていいのか、潜在的稼働能力(実際には働いていないけれど、その気になったらこれくらい稼げるよねという能力)を考慮するのかは、よく争いになります。

 

このような場合、裁判所は、無職であることに合理的理由があるのかどうかを検討し、実際の収入(0円)を基準とするか、潜在的稼働能力を基準とするかを判断します。

 

具体的には、別居直前まで働いていたのに突然仕事を辞めたり、特に理由もないのに急に収入が少なくなったり、資産があるため働けるけれども働いていないといったケースでは、潜在的稼働能力を基準に婚姻費用や養育費が判断されるケースがあります。

 

また、潜在的稼働能力が認められるケースでは、具体的にいくらの収入が得られるはずと認定するのかも問題となります。

 

直前まで働いていたようなケースでは、それまでの年収をベースに婚姻費用・養育費を取り決めることが多いと思います。

資産があるために働いていない場合は、賃金センサス(賃金構造基本統計調)の平均収入を基準に決めることもあります。

 

本件では、3歳(別居時1歳)の子がいて、別居時には専業主婦で決定時にも働いていない母親の収入をどう認定するかが問題となりました。

 

一審のさいたま家庭裁判所は、母親の母親(子から見て祖母)が子供の面倒を見たりすれば働けるでしょ、という判断でした。

 

東京高裁は、子供が小さいし、保育園にも幼稚園にも通っていないんだから無理でしょ、という判断です。

 

子供は祖母に面倒を見てもらえばよいというさいたま家裁の判断は、直接の関係者でない祖母に義務を負わせるようなもので、どうかと思います。

また、昨今の保育園の入園率を考慮したり、仮に入園するとすると多額の費用がかかる可能性があることを考慮すると、保育園に預けて働けというのも無理があるでしょう。

そうすると、実際に保育園・幼稚園入園が決まるまでは、母親の収入をゼロとせざるを得ないでしょう。

 

東京高裁も、母親の収入をゼロと認定しつつ、子供が保育園に入るなど、働けるような状況になった場合には婚姻費用減額の申立てをすればよいと言及しています。

 

3 本件の事実関係

本件は、母親が子供を連れだして別居してから、父親が子の監護者の指定等を申立てつつ、面会時に子供を連れ去り、今度は母親が子の監護者の指定等の申立てをするなど、複雑になっています。

以下、時系列で事実関係を説明するとともに、本件のもう一つの争点である、父親が面会中に子供を連れ去った場合の婚姻費用に関する判断もご紹介します。

 

平成24年       長男誕生
平成27年       長女誕生
平成28年 9月16日 母親が子らを連れて実家に戻り別居開始
平成28年10月19日 母親が父親を相手方として、婚姻費用分担請求調停申立
10月13日 父親が母親を相手方として、千葉家庭裁判所木更津支部に子の監護者の指定及び子の引き渡しの審判及び保全処分を申立て
平成29年 1月21日  父親が子らと面会交流中に子を自宅に連れ帰る
1月26日  父親が子の監護者の指定及び子の引き渡し審判及び保全処分を取下げ
母親が父親を相手方として、さいたま家庭裁判所に子の監護者の指定及び子の引き渡し審判申し立て及び保全処分を申立て
2月15日 さいたま家裁が保全事件について子らを母親に仮に引き渡すことを命じる審判
父親は、これを不服として東京高裁に即時抗告
母親は、上記保全処分に関する審判に基づき強制執行を申立て
2月27日 さいたま地裁の執行官が強制執行に着手するが、父親が子らの引き渡しを拒否し、執行不能となる
5月15日 婚姻費用分担請求調停不成立
5月16日 東京高裁は父親からの即時抗告を棄却する決定
6月21日 さいたま家裁は、子の監護者を母親と定め、子の引き渡しを命じる審判
7月 1日 母親がさいたま地方裁判所に人身保護請求
7月24日 さいたま地裁が人身保護命令を発布
父親拒否
9月8日 さいたま地裁が父親と子らを勾引(強制的に連れてくる)
子らを釈放して母親に引き渡す旨の人身保護判決
子らが母親に引き渡される
父親は最高裁に上告
11月21日 上告棄却
12月15日 さいたま家裁が婚費について審判

即時抗告(不服申し立て)

平成30年 4月20日 東京高裁が即時抗告について決定

 

4 もう一つの争点について

上述のとおり、本件では、夫が面会交流中に子供を連れ帰っているため、このような行為をしたものとの関係で婚姻費用・養育費をどうするのかという点が争いになりました。

 

さいたま家裁は、夫の違法行為によって監護できていなかったにもかかわらず婚姻費用を請求できないとするのは、当事者間の公平に著しく反し、また、違法状態を追認する結果となって相当でない。
よって、夫が子を連れ去っていた期間も含め妻が子らを監護していたものと考えて婚姻費用を算定すべきとしました。

 

これに対して東京高裁は、「婚姻費用分担の問題は、子の監護に要する費用の分担の問題を含み、その費用を夫婦間で公平に分担させようというものであるから、実際に発生した費用ないし発生すると統計等により算出される費用を双方に収入その他の考慮要素に応じて負担させることが相当である。
そうすると、例えば、子を違法に監護した者から、監護に要した費用を請求された場合には、これを権利濫用ないし信義則違反に当たるとして許されないことは会っても、逆に、子を監護しなかった者から、違法に監護していた者に対し、現に負担しなかった監護費用を請求することは、監護費用には損害賠償の趣旨は含まれていない以上、これを認めるべきではないと考える。」

としました。

 

裁判所を無視し続けた父親にペナルティを与えたいというさいたま家裁の裁判官の気持ちはわかりますが、婚姻費用は生活費の支払であるところ、現に支出していない生活費まで支払えというのは理論的には無理があるでしょう。

 

 

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